2005年9月 1日 (木)

浄土真宗が確立したころ

Shinnrann170906  浄土真宗が信仰を確立したころは、親鸞は、息子善鸞が「信仰すればメリットがあるよ」という異端の説で勧誘をしたことに怒って、破門した。それほど信仰に厳しかった。

また、親鸞は、死んだら死体は川に流し魚のえさにしてほしいと言った。信仰はこういうものと示して死んだが、弟子たちは、そういうふうにはしないで、墓を作って葬ったが、新興宗教として迫害をされ続けた。マンガ「親鸞入門」は、非常にわかりやすく、おもしろいし、有益だ。

信仰はただひたすらに念仏することだと説明した。しかし、一般人はこの信仰が理解しにくかったから、教団拡張のため、ついご利益があるから信仰に入るように誘ってしまう。この方が信仰に入る人はトクだし、誘う側は楽なわけだ。悪いヤツほど救われると説くと、わざと悪行をするものさえ出たというのが、浄土真宗の始まりだったらしい。

医師と患者の関係で「重態の人を先に救済する」のが、まず悪人を救う、という思想の解釈とされている。浄土真宗の中興の祖といわれる蓮如は、この悪人救済を書いた歎異抄は、誤解を招くという理由で、一般公開を禁じた。

「南無阿弥陀仏」という意味は、「仏様、ありがとう」という意味だと聞いたことがある。私たちが「感謝して、喜捨をする」のであって、信仰は「賽銭を入れたら願いをかなえてくれる」という取引ではない。(花山勝友先生著書「親鸞ー他力本願への道」のお手伝いした際にお聞きした)http://www.nozawa21.com/Gyoumu2/Gost.htm

最近の日本宗教は、ご利益を期待してお参りする傾向が強すぎる。信仰すれば、いいことあると期待で誘う、ご利益宗教が蔓延している。それが寺の側が徒党を組み、団体として政治に関与したら、僧兵を擁して、朝廷に圧力をかけた平安時代の様相になる。

宗教が政治に関与してよかった?どういう決まりになっているのだろう。宗教が政治に絡むと、教義を楯にして、一つの価値観で律して、他を排除することになる。オウム真理教がそのよい例である。

一党一派に偏しないで、最大多数の最大幸福、これが民主主義というもの。手間隙のかかる手続きではあるが、長年かかって、人間の知恵で、この方法が一番妥当と思うようになった。独裁、断行は早い結論が出るが、危険も多い。長年権力が独占されると、腐敗する。

手間ひまかけて、政治を考え、一宗派に政治を握られないようにすることは大切なことである。

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