2005年10月 1日 (土)

読売新聞新潟版 9月25日(日)彰さん哀悼

SasakiA4特に頼んだわけでもないのに、新潟から記者が彰さん宅へ来て取材をして帰った。そして、このような記事になった。記事からも 彰さんの人柄が偲ばれる。

取材の当日は、捜索に加わってくれた釣り仲間、四、五人がいろいろ息子たちの知らないエピソードなど語ってくれたそうだ。親子は、ずいぶんと、家庭では語っていない思いを知ったとか。

新潟県に行けば、そこで長く付き合いが続く友人ができている。それは新聞にも書かれているが、彼の人柄がこうひきつけるのだろう。

返すががえすも、惜しい人が亡くなった。残念で仕方がない。私としては、20年は共に話せる人だと思っていただけに、体の一部をもがれたような気持ちだ。

新聞記者は葬儀の終わった次の日の日曜日に取材。
取材に立ち合って話を聞かせてくれたのは、父の渓流つり仲間の四人でした。神谷さん、ヒロシさん、田中さん、杉本さん、ありがとうございました。(Mai)

2005年9月30日 (金)

幼きものへ 写真手紙

AisuUeno Block デジカメの写真を孫と遊びに行ったあと、それを送ってあげれば、記念になる。

最初、ブロック買って孫が遊びに来たがるように仕向ける写真をはがきにして送った。それが続いた。それは、孫へのメッセージになるし、自分自身の発信になる。

こちらから仕掛けないと、なかなか交流はできないので、手紙だけでは楽しめないだろうと、写真をつけた。

Magic HotaruIka これは子供の記録になるし、年長者からのアドバイスもできるし、交流になる。自分自身の着眼点が鍛えられる。そんな気がする。

せっかくパソコンを持っているなら、実行するにかぎる。遠くの孫に会えないときは、こんな手段がいい。

Kabuto Semi 文字が読めるようになったら、こういう手段で孫の心にかかわっていけるのは、楽しいものである。

2005年9月25日 (日)

イギリスへ帰ったアイラ

今年3月以来我が家にいた娘は、7ヶ月滞在した我が家からKIF_9813 本日、アイラと共にイギリスに帰った。台風の中、私たちと兄妹家族で成田空港へ送って行った。

アイラはまだ一歳だから、これから何処へいくのか、よくはわからないだろう。成田空港からチェックインしてガラスの向こうに行って、こっち見て不思議そうだった。

ようやく、口真似で「でんしゃ」「いっちゃった」とよく聞くと聞こえる程度の言葉を発していた。子供として、やっと面白くなってきたところだった。これからどうなるか、気になる。

akusyu2 イギリスでは日本語環境が母親の娘だけだ。家の中で夫婦はドイツ語。テレビも、まわりの世界は英語、面食らうだろう。折角覚え始めた日本語はどうなるやら。子供の順応力はすごいというから、どうにかなるはず。

KIF_9783アイラはヒナと同じ歳、一緒に遊ぶにちょうどいい相手同士だが、まだうまく遊べない。お互いに性格はまるで違う。ヨーロッパの子と日本の子、実に典型的な違いが明瞭にわかる。

来たときが、3月でハイハイもまだできなかったのが、今では歩くのも駆け足になっている。言葉はできないが、「ゾウさん」「むすんでひらいて」など日本語童謡を聞くのが楽しそうだ。

飛行機が順調だったら、真夜中ロンドンの空港から乗り換えて明日ニューカッスルに着く。飛行機事故がないことを祈る。

2005年9月22日 (木)

佐々木彰さん、今いずこ

台風14号で九州あたりの被害が多く報道されて、新潟の貴兄の遭難は大きく報道をされなかったのですが、テレビ新潟では以下のように報道しました。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・テレビ新潟のニュース・・・・・・・・・・・・・・・
IMAG0170 4日夜、南魚沼市に友人と渓流つりに来ていた男性が、水かさを増した沢に流され、行方不明となっている。
 行方不明となっているのは、神奈川県伊勢原市の自営業、佐々木彰さん61歳。佐々木さんは、きのう夜、平塚市の友人の男性と一緒に渓流つりをするため、南魚沼市の銅倉沢でテントを張っていたところ、水かさが増した沢に流された。一夜明けた5日、平塚市の友人の男性が、携帯電話が通じる場所まで沢を下り、警察に通報したが、佐々木さんの行方はわかっていない。現場は、三国川ダムの上流3キロ付近。きのう夜、激しい雨が降り、雨は現在も降り続いている。
akiraotousann DSC00135  警察と消防は合同で銅倉沢に入り、佐々木さんの行方を捜している。

  不明になって一週間、潜水夫の方々が捜索し、12日協力してくれた方々がお帰りになったのち、釣りの仲間の方たちがボートを出して湖底を探してくれました。アンカーで湖底の樹木を引っ掛けて動かしたら、三国川ダムの湖底から彰さんあなたが浮上したのです。

IMAG0213  半分はあきらめて、捜索用のポスターを作って張り出していました。もうポスターを貼って地元の人の偶然の発見しか頼れないと思い始めたとき、あなたは浮かんできたのです。

潜水夫が探したあと、この広いダムの湖底から、ボート一艘で見出すことはかなり困難な作業です。その釣り仲間の期待に応えるようにあなたは浮かんで来たのです。彰さん、みんなはあなたの意思を感じたそうです。

FatherComehome  死とは一体なんだか分かりませんが、呼吸を止め、脈はなくとも、彰さんの意思が存在していたのだろうか。友達が探していたのに応え、一緒に帰りたかったのかもしれない。その死に顔は、渓流の冷たさが幸いして、彼の体を守っていたように、生前と変わることなく損傷も腐食もなかったということでした。
妻の隆子さんはもちろん、館山のお母さんは夫であるお父さんを亡くし、今度は長男をなくし、どんなにか心痛か、想像に余りあります。

ポスターは何枚かは貼ったが、特に役立つことはなかった。掲示板には数年前から貼られた捜索ポスターも残っている。そんな探しても見つからない不幸にさせることがなかっただけでも、よかった。

SasakiAkira 彰さん、あなたの姿かたち、肉体は見つかっても、あなたの魂魄はどこへ消えてしまったのでしょうか。

版画を彫れば、上手に年賀状を作り、大工仕事でも、車の運伝もうまかった。唄を歌えば天下一品(下記音声ファイル参照)多趣味で器用な方だった。欠けたところのない人でした。

彼は人なつこく、親に愛され、友達、皆に好かれて座談の輪の中心だった。向かい合って話をしていると、彼の話術に吸い込まれてしまうような人でした。豪快で、陽気で、人の気をそらさないあなたがいると居ないでは、座持ちがぜんぜんちがっていました。

先頭を切ってあの世まで突っ走っていったのか、余り愛されて、あちらの世界の主からもお呼びがかかったのか、と思います。生まれてから、両親から長男として大切にされ、いつも人の真中で愛されていたような人生でした。

Sougi1 私より若く、お元気であった方が、まさかそんな形でお別れしなければならないとは、まことに残念です。

何方からも好かれて、愛されていた方だけに、とても残念です。

本日は佐々木彰の葬儀並びに告別式に最後までご列席頂き、まことにありがとうございました。

それでは、皆様方の健康と故人のご冥福を祈り、献杯とさせて頂きます。 
 献 杯  ありがとうございました。

ArisiDayss 「0songNagamoti.mp3」をダウンロード

2005年9月13日 (火)

三国川ダムの湖底から遺体

http://nozawa21.cocolog-nifty.com/nozawa21/2005/09/__8f99.html この続き、不明になって、一週間捜索したが、見つからなかった。昨日、三国川ダムの湖底から遺体で浮上した。

行方不明になって以来、三国ダムの湖底を警察に依頼して、潜水夫を雇って探してもらったが発見できなかった。今週日曜日、月曜日継続してさがした。月曜日の午後には潜水夫による調査は中止された。

その後、釣り仲間3人がボートに乗り、湖上からアンカーを引っ掛け、湖底の樹木を何回か持ち上げたところ、その横から遺体は浮かんできた。釣り仲間の呼びかけに答えたかのように上がってきたという。釣り仲間との親しく付き合っていた彰さんらしい。

3キロも上流から、ここまで流されて一週間以上この湖底にいたわけだ。冷たい水に沈んでいたせいか、遺体の損傷はほとんどなかったという。

行方不明の遺体調査を依頼すると、潜水夫一人一日20万円かかる。潜水はチームになっているから、一日100万円はかかるという。警察で調査してくれる場合は、3万5000円だとか。

2005年9月 6日 (火)

三国川ダムの上流3キロ

Akira18 義弟佐々木彰、彼はスポーツ万能で誰にでも好かれる男である。渓流釣りは趣味の一つで、9月4日(日)新潟県へ出かけていたところ、夜、川の増水でテントごと流されたという。一体どうなっているのか、今はまだ行方不明である。

秋田県生まれで、本職は1級建築士で建築設計をやっている。スキーの腕前はプロ級で指導員ができる。50代、60代ごとにマスターの日本記録を塗り替えていた。海では素もぐりであわびを採る仲間がいるし、秋には山できのこ、山菜を採ってくる。日本のあらゆる穴場を心得て、きのこのホームページを作って紹介していた。

彼の家族はアウトドアライフを楽しむ家族だったので、夏休み川のキャンプに私の家族も連れて行ってもらった。彼の活動力は並の人とは違っていた。とても降りられないと思う橋の下へロープ一本で水を汲みに行ってきたり、岩場の坂をすたすたと上る。そんな能力を持っていた。

「ひどい目にあったよ」と笑って出てきてくれることを期待している。彼のことだから、ありえると思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・テレビ新潟のニュース・・・・・・・・・・・・・・・

4日夜、南魚沼市に友人と渓流つりに来ていた男性が、水かさを増した沢に流され、行方不明となっている。
 行方不明となっているのは、神奈川県伊勢原市の自営業、佐々木彰さん61歳。佐々木さんは、きのう夜、平塚市の友人の男性と一緒に渓流つりをするため、南魚沼市の銅倉沢でテントを張っていたところ、水かさが増した沢に流された。一夜明けた5日、平塚市の友人の男性が、携帯電話が通じる場所まで沢を下り、警察に通報したが、佐々木さんの行方はわかっていない。現場は、三国川ダムの上流3キロ付近。きのう夜、激しい雨が降り、雨は現在も降り続いている。
 警察と消防は合同で銅倉沢に入り、佐々木さんの行方を捜している。

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